オナニーの思い出

オナニー、ドライオーガズム、昭和のエロネタをまったりリポート
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2017/08/31(木)

 ロリコンの話をあまり具体的に書くと怒られてしまいそうだが、これは昨今の犯罪とは関係がない。三十年以上前に日本中でもてはやされたサブカルチャーとしてのロリコンブームの話なのである。そういう話すらダメだという向きもあるかも知れないが、歴史を直視しないロリコンに未来はないのだ(もともとないんだけどね)。

 てなわけで、どっちへ転んでも「俺たちに明日はない」という結論に落ち着くこの話題。まずロリコンブームというのは、おそらく83年くらいがピークであり、その翌年には週刊誌とか婦人団体なんかが騒ぎはじめていたと思う。僕の記憶では85年から消しが入りだして、はなはだしく興趣を削ぐことになった。それはやがてエアブラシ処理へと変わり、われわれは見たいもの(ってなによ)を見ることができなくなったのである。



 しかしブームのさなかには、別にエロという認識ではなかったはずで、少年ジャンプで江口寿史や北条司といった人気漫画化が「ロリコン」という言葉を使い出して、若者の間で流行ったのだと思う。当時の流行語で言えば「ほとんど病気」というやつである。僕自身のことを言うと、その頃は高校生くらいでロリものを追いかけて本屋で立ち読みしていた(高価であるし、年齢的にも堂々と購入するのは無理だったので)。女性の局部を合法的に見られるというメリットは確かにあったものの、やはりエロとはちょっと違うんだな。新しいポップカルチャーという感じの方が強かった。現在考えられているような、変態的エロという意味あいは薄かったと思う。

 エロに関していうならば、僕がエッチな気持ちになって勃起するようになったのが小5くらいなので、その時期に上級生のお姉さんだった12歳から14歳くらいの少女に対する純粋な(そうなのか)憧れが強いのである。僕は現在でも小5のつもりで生きているので、少女好きなのはロリコンではなくて、むしろ年上趣味と言うべきなのだ。←ちょっと何言ってるか分からないです

 それから中学時代には、時代的にも立場的にも、エロいものをほとんど見られないという環境にあった。まあブルマのお尻は学校で見放題だったが、ネットなどない時代だからズリネタの調達は困難をきわめていた。しかもヘアヌードなど絶対にあり得ないという世の中であって、女性の局部を見たいという願望というか妄想は、常に爆発寸前まで膨らんでいた。そこで、ロリもの(の立ち読み)ならば合法的に女のアソコを拝むことができる!という一種のオアシスにとびついていたわけである。やがて神保町界隈で輸入ものの雑誌に出会って衝撃を受けるわけだが、そちらは完全にエロであり貴重なズリネタだった(もはや詳しくは書けないが)。



 とここまで書いてきて、ゆとり世代の若い読者ちゃんは不思議に思ったかも知れない。中高生がそんなものを立ち読みできたのか?という当然の疑問が湧いてくるところだが、できたのである。前述のように、ロリコンブームはエロというよりはポップなサブカルチャーであって、本屋でも芸術写真やファッション雑誌と一緒に並んでいることが多かった。それから、ブーム末期になると売れることが分かっているので、たいていの大手書店では平積みの立ち読みコーナーを設けており、老若を問わない同好の士(俺以外はたいていジジイだったけど)が目を皿のようにしてページを繰っていたものだ。

 そこでふと気がついて呆然となったのだが、僕がその頃、合法のロリものを立ち読みしていた大手書店のほぼ全てが、わが街・渋谷から消滅してしまっているではないか。渋谷といえば大きな本屋が集結している街という印象だったのに、今では逆に本屋のない街になってしまったようだ。ロリコンブームの衰退、恐るべし。(関係ないって)

 一番よく行くのが東急文化会館の三省堂、そして東急プラザの紀伊国屋だった。地下の新玉川線乗り場から地下道を進んだところにある旭屋と合わせて、この大手御三家には本当にお世話になったものだ。それから、井の頭通り入口あたりの、西武百貨店前にあった太盛堂はビルがまるごと全部本屋という、渋谷名物みたいな大艦巨砲主義の書店だったねー。そうした大手書店が全部消えてなくなっているのだから、時の流れというものは残酷である。僕のロリ趣味の原点を探す旅みたいな企画をやろうと思ったのだが、このありさまでは無理と言わざるをえない。



 昭和の渋谷で思い出したのだが、力道山が建てたプロレスの聖地「リキ・スポーツパレス」の建物が、道玄坂にまだ残っていたのである。建物自体は90年代まであったんじゃないかな。89年、すなわち平成元年に起きた事件を契機にして、ロリコンやロリものが変態的・猟奇的なイメージになってしまい、妙に社会問題化して規制されたというのも、象徴的な感じがする。結局「昭和はよかった」という結論に達するわけだが、当時のブームを知らない人にいくら「エロとは違うのだ」と説明しても通じないのだから、これはどうしようもない。僕は往時を懐かしむ変態中年ということになる(違うと言っているのだが)。

 いつか悪法が改正されてブーム復活!といきたいところだが、これは絶対にあり得ない話だろう。せめて、渋谷が再び本屋の集結する街に戻るように願うのが精一杯かな。その時には、ロリものの平積み立ち読みコーナーをお願いします。だから、ないって言ってるんだよ(笑)。




ベテランのロリッ娘(なんだそれ)で頑張っている椎名みゆクン
地道な活動が実って売れっ子になってきましたね

椎名みゆ1

詳細ページはこちら→ 椎名みゆ 抜かずの14発中出し

タグ : ロリコン 昭和

2017/08/19(土)

 どうもやることがおっさんじみているのだが(おっさんだから仕方がない)、昨日はテレビの「大江戸捜査網」をVHSで録画したものを、PCに取り込んでデジタル保存するという、アナログなのかデジタルなのかよく分からない作業をやっていた。

 すると、どこかで見たような女優さんがゲストで出てきて、時代劇のカツラをつけているので誰だか分からずにもどかしい思いをしたのだったが、よく見ると寺島まゆみであった。知っている人は知っていると思うけど、日活ロマンポルノの晩期に活躍したアイドル女優である。僕はリアルタイムでは作品を見てなくて、数年後(ロマンポルノが滅び去ったあと)に新宿昭和館とか五反田東映シネマあたりで現物を拝んだものである。

 といっても、雑誌「EIGA NO TOMO」のグラビアではさんざんお世話になっていたので、高校時代の最大のオナペットの一人であったと言っていい。

 と言いつつ、寺島まゆみのキャッチフレーズは「ロマンポルノの聖子ちゃん」であり「元祖ぶりっこアイドル」なのである。徹底的に松田聖子を意識したキャラづけが売りであったわけで、イメージとしては聖子の「裸足の季節」「青い珊瑚礁」の路線であるから、これはどうしても反射的に中学時代を思い出してしまう。オナニーしていたのは高校時代なんだけど。



寺島まゆみ
寺島まゆみ嬢。いかにもという聖子ちゃんカットですね。



 ロマンポルノ女優の中では目立ったロリ系であり、アイドル的人気を得て一般ドラマにも出るようになった寺島まゆみだったが、聖子イメージを離れると「ブサカワ」がいいところであろう。一本立ちの女優として売るのはやや苦しい感じだった。むしろ、清楚な現代OLという作りでゲスト出演した「特捜最前線」の方に女優としての可能性を感じた。ここでは紅林刑事とタンゴを踊るシーンが見せ場であったが、どうもこの辺が最後の輝きという感じで、目立った活躍のないままフェードアウトしてしまったようだ。

 ロリっぽい人では東てる美、美保純、寺島まゆみというのが、アイドル路線の系譜だろう。他に一般ドラマに進出して売れた人では風祭ゆきがいるが、彼女はお姉さま系であって僕の守備範囲ではない(訳ありふうの美人としてはずばぬけていたが)。美保純はご存知のとおり、若い頃から健康美でかわいさ抜群のおねえちゃんだった。しかしロリ系のわりには暗い感じがなくて、いわゆる脱ぎっぷりのいい女優というやつ。これはちょっとオナペットにはならないし、ましてや「男はつらいよ」のレギュラーは出世のしすぎで、勃起するのは無理である。



 むしろ、中学時代の思い出のオナペットとしては東てる美の方が印象が強いのだ。

 といっても東てる美の映画は、今日に至るまで一本も見たことがなくて、ただ中学時代に親が持っていた雑誌に彼女のヌードが載っていたという話なのである。こちらはようやくオナニーを覚えたばかりの頃で、ズリネタを調達する手段など全くなかった時代でもあり、おそらく初めて目にした有名女優のヌードだったのだろう。発射したらばメチャクチャに飛んでびっくりしたのを覚えている。

 東てる美は当時23、4歳だったのではないだろうか。今の感覚でいえばロリというよりはむっちりしたお姉さんなのだろうが、ヌードモデルといえばオバさんという時代にあっては、衝撃的なかわいさだったと思うのである。しかも丸顔タヌキ系で、髪をツインテールに編んでいた。今もって丸顔ぽっちゃりロリに目がないという僕の趣味は、この辺にルーツがあるのかも知れない。

 しかし、当時こちらは中坊であって、彼女は十歳以上年上の女性なのだから、ロリとは言えないような気がする。そこが僕のロリ趣味の微妙なところで、小○校高学年から中○生くらいのぽっちゃり美少女がストライクゾーンなのだが(完全に犯罪者だね)、僕自身は自分のキャラ設定(って何よ)を小5くらいに置いているので、基本的には年上の女が好きなのである。



 そこで全然関係のない話なんだが、「蜂のひと刺し」で話題をまいた榎本三恵子という人も、中学の頃にお世話になったことがある。これまた、親が持っていた雑誌で衝撃のヌードを披露していたからで、相当なおばちゃんだと思っていたのだが当時30すぎくらいだったのかも知れない。やっぱり僕は年上の女性が好きなのか。

 これは先日、彼女の旦那である榎本敏夫が老衰で亡くなったという記事を見て、にわかに記憶がよみがえってきたのである。年齢の離れた夫婦とはいえ、お世話になったオナペットの旦那が老衰というのは、さすがになんだかなあと思うのである。そういう僕自身もブログのコメント欄で「高齢者なのにお盛んですね」と言われたことがあって、老衰の身でオナニーしている場合じゃないなあ、と思った次第なのだ。でもオナニーは相変わらずやってるんだけどね。



今の僕のオナペットNO.1といえば前田陽菜
やっぱり丸顔ぽっちゃりなのがおかしいですね


タグ : オナニー 昭和

2016/09/11(日)

 最近のニュースで最も日本列島を揺るがしたものといえば……大手通販のDMMが、18歳未満のモデルを扱った商品を全て削除した!という暴挙である。

 表現の自由が侵害されるのはいつものことと言えるが、それに日和って保身をはかる企業にも困ったものだ。こうやって日本は暗黒の時代に突入していくのである。(軍靴の音)←妄想です



 そんなことはどうでもいいんですが(いいのか?)、なんだかんだいって私もDMMはDVDレンタルとかいろいろ便利に利用させてもらっている。DMMの一ファンとして、早く目を覚まして健全な商売に立ち返ってもらいたいと願うのみだ。

 DVDといえば、このごろ懐かしい「宇宙刑事シリーズ」というのを見とるんだが、悪者が劣勢になると「ええい、マクー空間に引きずり込め!」とか叫んで辺りが急に暗くなるんですな。で、そのマクー空間に入ると、敵の怪人は三倍のパワーを発揮するのであった。

 それを私に当てはめるならば、85年前後の神保町交差点あたりをイメージした「ロリ○ン空間」ということになろう。




 神保町へは都営三田線で行くことが多かったが、土曜日なんかは水道橋で国電を降りるのもいい。暇だったら後楽園へ行って、数百円の安い内野席券を買って日本ハムの試合を見る。自由席でも結構いいアングルで見られるし、売店のあるネット裏に移動して、そのまま立ち見するのもよかった。

 野球を見ないときは、水道橋から研数学館の前を通って坂を下りる。途中に富士レコード社というのがあって、ここで中古レコードを漁る。以前は伯山通りをはさんで向かいにもレコード屋があったような気がする。それから神保町古書センターの9階にもあるんだが、これは8階の芳賀書店に行くついでに立ち寄るという感じ。

 当時、私の第二の趣味は歌謡曲レコードを集めることだった。ちなみに、こうして集めたレコード数千曲はデジタル化して、現在もエンドレスでPCでかけている。



 そこで、問題は第一の趣味のほうである。

 水道橋から神保町交差点に至る道すがらに、目当てのものを売っている本屋がかなりあった。今では残っている店はほとんどないし、特に通りの東側は再開発とやらで見る影もなくなっている。

 当時、普通の(?)写真集が1800円くらいで、今から思えば激安なんだが学生の俺には高くて手が出なかった。それから専門誌やムック本が十種類以上は出ていた。もちろん全て合法だし、一部のキチ×イを除いて、そんなものを問題視するやつは存在しなかったのである。

 もちろん、そういうのを定価で買っていては、金がいくらあっても足りないのであった。そこで、貧乏人の味方となるのがいわゆるゾッキ本というやつで、一回返品になった本を安く売っているんですね。たいてい、本の上の部分に赤マジックで印がついていて、レジ脇の段ボールの中に大量に投げ込まれている。

 のちに平気で数万円の値がついたようなものが、300円くらいで投げ売りされていたのである。



 私はあまり詳しくないのだが(笑)、歴史上(何の歴史だ)名作と誉れ高い写真集が85年前後に出そろっているようだ。

 だから作品的にはこの時期が黄金時代なのだろうけど、85年にはもう青線で消しが入りはじめていて、その年のうちに青線が黒線になって完全に見ることができなくなった。翌年にはエアブラシで修正をかけるようになったと記憶する。

 同好の士のみなさんにとっては、その頃から軍靴の足音(?)が響きまくっていたわけである。



 仮に一億歩ゆずって、自動ポ○ノはダメだとしよう。しかし今回のDMMに関して言うならば、モデルの子(とその親)は高額なギャラを手にしているわけだし、見る側は眺めて楽しんでいるだけである。誰にも何の迷惑もかかっていない。むしろ関係者全員が幸せになっている(笑)

 いまや、主要メディアや企業が率先して焚書に加担している現状だ。80年代に隆盛をほこったわれらのサブカルチャーも、いよいよ終わりという感じですね。




 2010年代の俺にとって、最大のアイドルは前田陽菜だった!
 ブスでもデブでもいい(よくないです) 手抜きなしの全力投球セックスが魅力だ





タグ : オナニー 昭和

2016/07/21(木)

 このごろ、80年代の懐かしいエロネタが気になっている。

 なんとなく、若い頃にお世話になったズリネタをもう一度眺めてみたいという気持ちなんだが、もちろん今さら抜けるというほどではないだろう。過激なものなら現代にいくらでもあるわけで……。


 何冊か手元に残っている男性誌を見ていると、沢田和美のヌードが載っていた。これはまた懐かしい人だ。われわれよりも世代的にはちょっと上のお姉さんという感じ。さすがにもう活動はしてないのかも知れない。80年代半ばに、とんえるずの「そろばんずく」という映画に出たあたりが最後かな。

 それから、新書版のセックス本とか、青少年向きの性の悩みものなんかも懐かしい。80年頃に新書版で話題作が連発されてブームになったことがあり、その嚆矢はおそらく江本孟紀のプロ野球本だったと思う。ブッチャーのプロレス本もあったね(ゴーストライターが梶原一騎の恐喝を受けたというやつ)。

 その流れでエロい内容の本もいろいろ出て、学校の帰りによく立ち読みして股間を大きくしていたものだ(笑)。



 ところで、当サイトでドライオーガズムに次いで人気のあるネタといえば、「セクシーオールナイト」の話なのである。

 しかし、もはやあまり詳しいことは覚えてないのだ。文献も全然ないしね。ちょっと前まではいくつか録音テープを持っていたんだが……。この番組、放送期間が短かったわりには内容がコロコロと変わったので、時期によってずいぶん印象が違っている。だから、自分の印象だけで書くと「いや、それはちがう!」と反論されたりして困ってしまうのだ。


 「セクシーオールナイト」はラジオたんぱの番組である。私がラジカセを買った頃、ちょうどBCLとかいって海外ラジオを聴くのが流行っていた時期で、何気なく買ったソニーのラジカセがAM・FM・短波を受信できるようになっていた。その頃はまだ日本短波放送と言っていた。

 もちろんネットも何もない時代なので、情報はほとんど入ってこない。ある日、高校の級友から「短波放送で凄いのやってるぞ」と教えられて、それから聴く(抜く)ようになったのだ。

 私の印象では、「セクシーオールナイト」の前に大学受験講座を放送していたような気がする。よく寺田文行の数学なんかを聞いたあと、ようやくオナニータイムに突入したような……しかしよくわからんラインナップだな。



 特にエロかったのはミスターXがパーソナリティーだった時期で、風俗店に突撃して実際にサービスを受けたり、聴取者(おそらく仕込みだろうが)とテレホンセックスしたりと、まさにやりたい放題。そしてロマンポルノ女優が出てきて、新作映画のシーンをそのまま演じるラジオドラマが最大の抜きどころだった。

 こういうエロいドラマは「セクシーオールナイト」の一手販売みたいに言われているが、もう少し前に「せんだみつおの足掛け二日」とかいう番組でやっていた記憶がある。有名アイドルが売れない頃に、この番組で喘ぎ声を出していたとか。一説には松田聖子も出ていたらしいとか、一部局地的に話題になったことがあるが、まあ芸能人だから仕事となれば何でもやるだろう。



 そんなことはともかく、ミスターXが過激すぎたので批判を浴びて降板、そのあとロマンポルノ女優が日替わりでパーソナリティーを務めるようになった……と書いてある資料が多い。いや資料自体ほとんどないのだが、たいていそう書いてあるんだな。

 でも女優さんたちがメインになってからも、ミスターXは依然としてエロいドラマとか風俗店リポートをやっていたと思う。しかも過激さは相変わらずで、私はやっぱり彼のコーナーで毎回抜いていたのだ(笑)。まあ批判を受けて路線変更したのは確かなんだろうけど、実際聴いていた印象は文献とはちょっと感じが違うということを言っておきたい。



むっちり美女・西川ゆいちゃんの最新作が登場!
こんな泡姫のマットプレイを受けてみたいです




タグ : オナニー 昭和

2016/06/28(火)

 いささか旧聞に属するが、神保町の書泉ブックマートが閉店になったそうだ。

 これは知っている人は知っていると思うが、ネットが発達する以前には「おたくの聖地」みたいな本屋だった。ずっと前、80年代初頭くらいまでは普通の本屋だったのだがもうひとつ売り上げが伸びなかったのを、サブカル系のマニアックな本ばかり扱うようにシフトしてから一気にブレイクした。私も映画とかプロレス関連の本を探しによく行ったものである。



 もっとも、こっちの拠点は渋谷だったので、秋葉原とか神保町はいささか遠いんだな。エロゲとか炉裏関係の書物(笑)を探しに、気合を入れて二週間に一回くらい出向く感じ。

 80年代当時の渋谷といえば、今では名残りをとどめるものが少なくなってしまった。タワーレコード渋谷店が今の場所ではなくて、東急ハンズの斜交いあたりにあった頃のことだ。まだCDは出はじめた時期で、アナログレコードの方が主流だったのだから古い話である。

 学校があった関係から東急東横線がメインのテリトリーなのだった。その東横線の渋谷駅もすでに昔の面影はないし、東急文化会館も東急プラザも閉館してしまっているんだから、ちょっと呆然としてしまう。渋谷の東急プラザはエスカレーターが最上階まで吹き抜けになっているので、1階のコーヒーショップの匂いが全店に充満しているのが好きだった。



 そこで、ようやく話はビニ本になってくる(笑)。

 私の行動範囲はだいたい東横線、大井町線、目蒲線沿線なのであった。映画館で言えば自由が丘・武蔵野推理劇場と綱島映画がメイン(この二館に通っていれば、主な映画はほとんど二本立て600円で見られる)で、ときどき大井町や蒲田に遠征するという感じだった。そして、同時に町の古本屋をめぐって歩く。もちろん古本のチェーン店などはない時代である。

 80年代だから、炉裏ものの写真集は合法的に2000円以下で手に入る。もちろん90年以降は国内ものが絶滅したため、有名な写真集には数万円の値段がついてしまった。古本屋だとショーケースに入っていたり、高いところにわざわざ飾ってあったりする。あんなものを飾るのはどうかと思うんだが、それはそれで懐かしい光景だったりするのだ。



 特に印象深いのは、輸入ものの雑誌である。これは今となっては詳しく述べるわけにはいかないんだが、70年代くらいに日本に入ってきて、同好の士の間に衝撃を与えた代物なんだな。わが国では清岡センセの芸術写真(?)くらいしか流通してなかったから、びっくりするのも無理はない。

 といっても、たいてい黒ベタで大きく消しが入っているのだ。ワシは無臭性本はほとんど目にしたことがない。税関をすり抜けて入ってくることが可能なのかどうなのか、いまだによく分からないのだが……一説によると、芸術作品という扱いならばもろ出しOKだったという。しかし、実際はどう考えても芸術というような高尚なものではない(笑)。

 それから、これまた嘘のような話だけど、専門店も普通にありましたな。

 専門店といえば高田馬場にあったのが一番有名だけど、渋谷にも全盛期(何の全盛期だw)には数件あった。道玄坂のプライムの先にあった某専門店なんか、98年頃まであったんじゃないかなあ。といっても、そういう店のビデオは二万とか三万とか普通にするので、全く手が出せなかったんだが……。



 付け加えると、そういうジャンルの商品は80年代にはごく普通に販売していたのである。89年に例の事件が起きてからはおおっぴらには出せなくなって、こっそり売るようになったようだ。本棚にも小出しに並べたりしてね。違法ではないんだが、堂々と売るのはちょっとやましいという、あの時代の宙ぶらりん感は非常によかったと思う。

 法で完全に禁止するんじゃなくて、あの頃のように「ダメだけど黙認」という、大人の態度でいってもらえないものだろうか。



私は北川瞳のケツが好きだ!



タグ : オナニー 昭和

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