オナニーの思い出

オナニー、ドライオーガズム、昭和のエロネタをまったりリポート
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2016/09/11(日)

 最近のニュースで最も日本列島を揺るがしたものといえば……大手通販のDMMが、18歳未満のモデルを扱った商品を全て削除した!という暴挙である。

 表現の自由が侵害されるのはいつものことと言えるが、それに日和って保身をはかる企業にも困ったものだ。こうやって日本は暗黒の時代に突入していくのである。(軍靴の音)←妄想です



 そんなことはどうでもいいんですが(いいのか?)、なんだかんだいって私もDMMはDVDレンタルとかいろいろ便利に利用させてもらっている。DMMの一ファンとして、早く目を覚まして健全な商売に立ち返ってもらいたいと願うのみだ。

 DVDといえば、このごろ懐かしい「宇宙刑事シリーズ」というのを見とるんだが、悪者が劣勢になると「ええい、マクー空間に引きずり込め!」とか叫んで辺りが急に暗くなるんですな。で、そのマクー空間に入ると、敵の怪人は三倍のパワーを発揮するのであった。

 それを私に当てはめるならば、85年前後の神保町交差点あたりをイメージした「ロリ○ン空間」ということになろう。




 神保町へは都営三田線で行くことが多かったが、土曜日なんかは水道橋で国電を降りるのもいい。暇だったら後楽園へ行って、数百円の安い内野席券を買って日本ハムの試合を見る。自由席でも結構いいアングルで見られるし、売店のあるネット裏に移動して、そのまま立ち見するのもよかった。

 野球を見ないときは、水道橋から研数学館の前を通って坂を下りる。途中に富士レコード社というのがあって、ここで中古レコードを漁る。以前は伯山通りをはさんで向かいにもレコード屋があったような気がする。それから神保町古書センターの9階にもあるんだが、これは8階の芳賀書店に行くついでに立ち寄るという感じ。

 当時、私の第二の趣味は歌謡曲レコードを集めることだった。ちなみに、こうして集めたレコード数千曲はデジタル化して、現在もエンドレスでPCでかけている。



 そこで、問題は第一の趣味のほうである。

 水道橋から神保町交差点に至る道すがらに、目当てのものを売っている本屋がかなりあった。今では残っている店はほとんどないし、特に通りの東側は再開発とやらで見る影もなくなっている。

 当時、普通の(?)写真集が1800円くらいで、今から思えば激安なんだが学生の俺には高くて手が出なかった。それから専門誌やムック本が十種類以上は出ていた。もちろん全て合法だし、一部のキチ×イを除いて、そんなものを問題視するやつは存在しなかったのである。

 もちろん、そういうのを定価で買っていては、金がいくらあっても足りないのであった。そこで、貧乏人の味方となるのがいわゆるゾッキ本というやつで、一回返品になった本を安く売っているんですね。たいてい、本の上の部分に赤マジックで印がついていて、レジ脇の段ボールの中に大量に投げ込まれている。

 のちに平気で数万円の値がついたようなものが、300円くらいで投げ売りされていたのである。



 私はあまり詳しくないのだが(笑)、歴史上(何の歴史だ)名作と誉れ高い写真集が85年前後に出そろっているようだ。

 だから作品的にはこの時期が黄金時代なのだろうけど、85年にはもう青線で消しが入りはじめていて、その年のうちに青線が黒線になって完全に見ることができなくなった。翌年にはエアブラシで修正をかけるようになったと記憶する。

 同好の士のみなさんにとっては、その頃から軍靴の足音(?)が響きまくっていたわけである。



 仮に一億歩ゆずって、自動ポ○ノはダメだとしよう。しかし今回のDMMに関して言うならば、モデルの子(とその親)は高額なギャラを手にしているわけだし、見る側は眺めて楽しんでいるだけである。誰にも何の迷惑もかかっていない。むしろ関係者全員が幸せになっている(笑)

 いまや、主要メディアや企業が率先して焚書に加担している現状だ。80年代に隆盛をほこったわれらのサブカルチャーも、いよいよ終わりという感じですね。




 2010年代の俺にとって、最大のアイドルは前田陽菜だった!
 ブスでもデブでもいい(よくないです) 手抜きなしの全力投球セックスが魅力だ





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2016/07/21(木)

 このごろ、80年代の懐かしいエロネタが気になっている。

 なんとなく、若い頃にお世話になったズリネタをもう一度眺めてみたいという気持ちなんだが、もちろん今さら抜けるというほどではないだろう。過激なものなら現代にいくらでもあるわけで……。


 何冊か手元に残っている男性誌を見ていると、沢田和美のヌードが載っていた。これはまた懐かしい人だ。われわれよりも世代的にはちょっと上のお姉さんという感じ。さすがにもう活動はしてないのかも知れない。80年代半ばに、とんえるずの「そろばんずく」という映画に出たあたりが最後かな。

 それから、新書版のセックス本とか、青少年向きの性の悩みものなんかも懐かしい。80年頃に新書版で話題作が連発されてブームになったことがあり、その嚆矢はおそらく江本孟紀のプロ野球本だったと思う。ブッチャーのプロレス本もあったね(ゴーストライターが梶原一騎の恐喝を受けたというやつ)。

 その流れでエロい内容の本もいろいろ出て、学校の帰りによく立ち読みして股間を大きくしていたものだ(笑)。



 ところで、当サイトでドライオーガズムに次いで人気のあるネタといえば、「セクシーオールナイト」の話なのである。

 しかし、もはやあまり詳しいことは覚えてないのだ。文献も全然ないしね。ちょっと前まではいくつか録音テープを持っていたんだが……。この番組、放送期間が短かったわりには内容がコロコロと変わったので、時期によってずいぶん印象が違っている。だから、自分の印象だけで書くと「いや、それはちがう!」と反論されたりして困ってしまうのだ。


 「セクシーオールナイト」はラジオたんぱの番組である。私がラジカセを買った頃、ちょうどBCLとかいって海外ラジオを聴くのが流行っていた時期で、何気なく買ったソニーのラジカセがAM・FM・短波を受信できるようになっていた。その頃はまだ日本短波放送と言っていた。

 もちろんネットも何もない時代なので、情報はほとんど入ってこない。ある日、高校の級友から「短波放送で凄いのやってるぞ」と教えられて、それから聴く(抜く)ようになったのだ。

 私の印象では、「セクシーオールナイト」の前に大学受験講座を放送していたような気がする。よく寺田文行の数学なんかを聞いたあと、ようやくオナニータイムに突入したような……しかしよくわからんラインナップだな。



 特にエロかったのはミスターXがパーソナリティーだった時期で、風俗店に突撃して実際にサービスを受けたり、聴取者(おそらく仕込みだろうが)とテレホンセックスしたりと、まさにやりたい放題。そしてロマンポルノ女優が出てきて、新作映画のシーンをそのまま演じるラジオドラマが最大の抜きどころだった。

 こういうエロいドラマは「セクシーオールナイト」の一手販売みたいに言われているが、もう少し前に「せんだみつおの足掛け二日」とかいう番組でやっていた記憶がある。有名アイドルが売れない頃に、この番組で喘ぎ声を出していたとか。一説には松田聖子も出ていたらしいとか、一部局地的に話題になったことがあるが、まあ芸能人だから仕事となれば何でもやるだろう。



 そんなことはともかく、ミスターXが過激すぎたので批判を浴びて降板、そのあとロマンポルノ女優が日替わりでパーソナリティーを務めるようになった……と書いてある資料が多い。いや資料自体ほとんどないのだが、たいていそう書いてあるんだな。

 でも女優さんたちがメインになってからも、ミスターXは依然としてエロいドラマとか風俗店リポートをやっていたと思う。しかも過激さは相変わらずで、私はやっぱり彼のコーナーで毎回抜いていたのだ(笑)。まあ批判を受けて路線変更したのは確かなんだろうけど、実際聴いていた印象は文献とはちょっと感じが違うということを言っておきたい。



むっちり美女・西川ゆいちゃんの最新作が登場!
こんな泡姫のマットプレイを受けてみたいです




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2016/06/28(火)

 いささか旧聞に属するが、神保町の書泉ブックマートが閉店になったそうだ。

 これは知っている人は知っていると思うが、ネットが発達する以前には「おたくの聖地」みたいな本屋だった。ずっと前、80年代初頭くらいまでは普通の本屋だったのだがもうひとつ売り上げが伸びなかったのを、サブカル系のマニアックな本ばかり扱うようにシフトしてから一気にブレイクした。私も映画とかプロレス関連の本を探しによく行ったものである。



 もっとも、こっちの拠点は渋谷だったので、秋葉原とか神保町はいささか遠いんだな。エロゲとか炉裏関係の書物(笑)を探しに、気合を入れて二週間に一回くらい出向く感じ。

 80年代当時の渋谷といえば、今では名残りをとどめるものが少なくなってしまった。タワーレコード渋谷店が今の場所ではなくて、東急ハンズの斜交いあたりにあった頃のことだ。まだCDは出はじめた時期で、アナログレコードの方が主流だったのだから古い話である。

 学校があった関係から東急東横線がメインのテリトリーなのだった。その東横線の渋谷駅もすでに昔の面影はないし、東急文化会館も東急プラザも閉館してしまっているんだから、ちょっと呆然としてしまう。渋谷の東急プラザはエスカレーターが最上階まで吹き抜けになっているので、1階のコーヒーショップの匂いが全店に充満しているのが好きだった。



 そこで、ようやく話はビニ本になってくる(笑)。

 私の行動範囲はだいたい東横線、大井町線、目蒲線沿線なのであった。映画館で言えば自由が丘・武蔵野推理劇場と綱島映画がメイン(この二館に通っていれば、主な映画はほとんど二本立て600円で見られる)で、ときどき大井町や蒲田に遠征するという感じだった。そして、同時に町の古本屋をめぐって歩く。もちろん古本のチェーン店などはない時代である。

 80年代だから、炉裏ものの写真集は合法的に2000円以下で手に入る。もちろん90年以降は国内ものが絶滅したため、有名な写真集には数万円の値段がついてしまった。古本屋だとショーケースに入っていたり、高いところにわざわざ飾ってあったりする。あんなものを飾るのはどうかと思うんだが、それはそれで懐かしい光景だったりするのだ。



 特に印象深いのは、輸入ものの雑誌である。これは今となっては詳しく述べるわけにはいかないんだが、70年代くらいに日本に入ってきて、同好の士の間に衝撃を与えた代物なんだな。わが国では清岡センセの芸術写真(?)くらいしか流通してなかったから、びっくりするのも無理はない。

 といっても、たいてい黒ベタで大きく消しが入っているのだ。ワシは無臭性本はほとんど目にしたことがない。税関をすり抜けて入ってくることが可能なのかどうなのか、いまだによく分からないのだが……一説によると、芸術作品という扱いならばもろ出しOKだったという。しかし、実際はどう考えても芸術というような高尚なものではない(笑)。

 それから、これまた嘘のような話だけど、専門店も普通にありましたな。

 専門店といえば高田馬場にあったのが一番有名だけど、渋谷にも全盛期(何の全盛期だw)には数件あった。道玄坂のプライムの先にあった某専門店なんか、98年頃まであったんじゃないかなあ。といっても、そういう店のビデオは二万とか三万とか普通にするので、全く手が出せなかったんだが……。



 付け加えると、そういうジャンルの商品は80年代にはごく普通に販売していたのである。89年に例の事件が起きてからはおおっぴらには出せなくなって、こっそり売るようになったようだ。本棚にも小出しに並べたりしてね。違法ではないんだが、堂々と売るのはちょっとやましいという、あの時代の宙ぶらりん感は非常によかったと思う。

 法で完全に禁止するんじゃなくて、あの頃のように「ダメだけど黙認」という、大人の態度でいってもらえないものだろうか。



私は北川瞳のケツが好きだ!



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2016/06/19(日)

 さて、姉妹サイトである小説ブログの方がなんとか軌道に乗ってきたので、こちらの記事も書いていかなくてはならない。

 なにしろ小説の方は毎日2000字以上のペースで書いている。物理的に打ち込むのもかなり疲れるのだが、一からすべて考えて構成しなくてはいけないので、時間がいくらあっても足りない。その上にさらにAVを見てオナニーして、レビューを書くとなると死ぬほどの重労働になってしまう。別にオナニーはしなくてもいいんだが……。



 いろんな話題があるんだが、どこかの役場の職員がアダルトサイト詐欺に引っかかった話が印象的だった。わざわざ相手に直接電話をかけて、変な外人らしき男の口車に乗って自分でソフトをインストールしてしまったというから笑える。というか笑えないというべきか。この職員は私よりも少し年上で、その世代はPCがまったくダメという向きが多い。

 私の世代でまあギリギリだろう。こちらは高3くらいのときにマイコンというものが出はじめて、最初からわけの分からん機械をいじっているという口なのだが、当時はマイコンが趣味といえば完全なおたく扱いされて気持ち悪がられたものである。

 そういう私だが、インターネットの初期にはやはりエッチなサイトを見ていて、クリックすると自然に海外サイトにダイヤル接続してしまうという詐欺に引っかかったことがある。

 気がついてすぐに回線を抜いたんだが、わずかの時間で高額の国際電話料金を取られてしまった。



 それはインターネットというものが、ようやくマニアの間で使われだしたという頃の話だ。PCを買うとパソコン通信のソフトは標準で入っているが、ネット接続の仕方は自分で調べなくてはならないという大昔のこと。

 もちろんネット世界は完全な無法地帯で、現在ならば一発でタイーホされるようなすばらしい炉裡サイトが野放し状態で、大手出版社から出ている雑誌にアドレスが列記されていたからおそろしい。(あまり詳しい話は書けないけど)

 しかしむしろ炉裡の方は当たり前の時代であって、私としては女性の局部をモザイクなしに見られるという衝撃の方が大きかった。ありえないものを現実に目にしているという、SFの世界に来てしまったような変な感覚は、ちょっと説明のしようのないものだ。そのものズバリをしげしげと眺めながら、花とか花瓶で巧妙に隠されていた時代が夢のように感じられた。



 花や花瓶といえば、もちろん日活ロマンポルノである。

 私はロマンポルノには完全に遅れてきた世代であって、大学生になって名画座で過去作品を見るようになったのは、日活(社名もにっかつになっていた)がロマンポルノからエロス大作などと、路線を変えながら迷走している時期だった。スター女優の東てる美や美保純は一般ドラマで活躍していたし、高校時代に「EIGA NO TOMO」で眺めていた人たちも多くが引退していた。

 それが80年代半ばの話で、新宿昭和館五反田東映シネマあたりで80年前後の作品をボーッと見ていたものである。自由が丘の商店街にもピンク映画館があったなー。恵比寿や西小山にもあったような気がするが、記憶がさだかでない。



 先日、初期ロマンポルノのスターである中川梨絵が亡くなったそうだ。白川和子、日向明子、絵沢萌子、田中真理、片桐夕子といった人たちは、私の感覚では神話世界の女神のようなものだ。彼女たちの実際の作品は見たことがない。よく刑事ドラマなどにチラッと顔を見せるので、「ああこの人か!」と納得する程度。

 それから宮下順子、風祭ゆきあたりが2時間ドラマでいい役で出るようになり、その辺でこちらも高校生になって、ロマンポルノというものを意識しはじめたわけである。



 高校時代には、ちょっと不良っぽい生徒が年齢を偽ってピンク映画を見に行くというのが、ちょいワルのステータスになっていた。まあ、なんとも呑気で純朴な時代であった。もっとも、私はいっぱしの映画青年みたいになってから見はじめたので、周防正行、金子修介、中原俊といった若手監督の名前を追いかけて見ていたのだ。

 まだアダルトビデオが普及する前の話であって、ロマンポルノやピンク映画を見ていると、大学の仲間などからはいろいろとからかわれたものだが……。

 局部を隠すのが当たり前だった時代、そのことをとっても、なかなか奥ゆかしい世の中だったのだなあ、と思うのだ。



現在、最高の癒し系巨乳アイドル・西川ゆい



タグ : オナニー 昭和

2016/05/26(木)

 今月はなかなか更新する暇がない。

 というか、姉妹サイトである小説ブログを強化するために毎日記事を書いていると、ほとんどのパワーをそちらに奪われてしまう。1記事で2500字から3000字を書くのが私のモットーであるから、どんなに急いでも物理的に2時間は取られるのだ。しかも小説だから、アイデアから構成までひととおり決まらなければ書きはじめることもできない。



 さて、小説ブログを2ヶ月ほどやってみて、やはり炉裏ものが受けることが判明した。まあ、これは分かりきっていたことである。乾ききった大地に水を撒くようなもので、吸収のされ方が半端ではない。

 ときどき勘違いしている向きがあるのだが、小説や漫画は規制対象外なので、何をやっても法律に抵触することはあり得ないのだ。特に小説は盲点だろう。あと、いろいろ調べてみて驚いたのだが、音声も規制対象には含まれないのだそうである。結局、自動ポ○ノに該当するのは、実在の少女をモデルにした動画と画像に限られる。これを肝に銘じておかねばなるまい。別に肝に銘じなくてもいいんだが……。

 とはいえ、法律とは別にブログ投稿時の規制があるのだな。これが非常に困る。炉裏や自動ポ○ノ、放○、円光、置換といった言葉を使おうとすると警告が出るので、当て字や伏字にしなくてはならない。



 炉裏に関していえば、私は低学年には興味がないので、真性のロ○コンとは言えないのかも知れない。

 守備範囲に入るのは小○6年生から○学生くらいである。あー、これはあくまで芸術的鑑賞の対象物としてであり、いやらしい意味は全くないことをお断りしておく。(誰に断っているのかよくわからないが)

 どういうことかというと、私が日常的に勃起しはじめたのが小○校5年生くらいで、その頃に憧れの対象であったのが、ちょい年上のお姉さまであったという話なのである。基本的に年上好きであって、現在でも自分の年齢を小5に設定しているので、ちょい上のJS、JCが鑑賞の対象になってしまうというわけだ。つまり、私は年上趣味であってロ○コンではないのだ、と強調しておきたい。

 もっとも、現在の実年齢よりも年上の女となると、森光子とか菅井きん、あとはきんさん・ぎんさんくらいしかいなくなってしまうのだが……。(何歳なんだ)



篠めぐみ改め碧しのが体当たりで挑む一作!しかし凄いタイトルだ




 ロ○コンブーム以前だと、世間的にちょっと目立っていたのは清岡純子の活動だろう。

 私はときどき11PMで、清岡センセの活動が特集されるのが楽しみで、目を皿のようにして愚息をビンビンにして見守っていたものだ。と言いつつも、番組内ではエッチネタという扱いではなかったし、親と一緒に見ていても、別に気まずくなるような内容ではなかったのである。あくまでちょっと変わった芸術という感じだったと思う。

 それから、洋物の炉裏雑誌というのがあった。これは知る人ぞ知る世界で、昭和50年代には神保町界隈でわりに目にすることができた。エロ本として輸入されているものはマジックで修正が入っていたが、芸術という扱いならば無臭性だったりして、その辺はなんだかよく分からなかった。この方面については、もはや詳しくは語るわけにもいかないのだが……。



 そういうものを密かに楽しんでいた頃、ロ○コンブームが到来したのだった。

 漫画家では吾妻ひでおがその中核で、少年ジャンプで江口寿史や北条司といった人気漫画家が「ロ○コン」という言葉を盛んに使い出して、若者の間に浸透していったような気がする。

 今でも鮮明に覚えているのだが、紀伊国屋や旭屋といった有名書店にロ○コン写真集のコーナーが常設されていて、清岡センセの例のシリーズ本を大量に平積みしてあり、その一番上には立ち読み用のやつが並べられてあった。そこにジジイから若者(俺)まで同好の士のみなさんが張りついて、鼻息をフーフーさせながら延々と立ち読みしていたのである。

 まさに悪夢の光景と言えよう。



 私の感覚では、このブームに乗ってやりたい放題がやれたのは84年までで、85年から炉裏に対する迫害がはじまったような気がする。というのも、85年春あたりからワ○メに青い消しが入るようになったのである。当初はまだ青色で、しっかり見えていたのがおかしいんだが、それでもこの修正はファンの間で論争を呼んだ。

 しかし、翌年になるとそんなことは言ってられなくなった。問答無用で局部をエアブラシ修正するようになったからである。

 つまり、法律で禁止されたのは99年だが、実質的には86年で終わっているのだ。

 こういう迫害が起きるようになったきっかけは、84年頃の女性週刊誌の記事だったと記憶する。その前に例の「なめ猫」で大当たりをとった仕掛け人が、次なる売れ筋として炉裏ものに手を出して、これまたおっさんたちの間で売れに売れた。おかげで週刊誌で取り上げられることになって、「これでいいのか」という論調がはじまったのであった。

 まあ「なめ猫」というのが古すぎて笑っちゃうんだけどね。われわれの世代ではごく普通の常識だが、若い人にはなんのことやらさっぱり分からないだろう。興味のある人は検索して調べてみてほしい。



タグ : ロリ系 昭和

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